「役割がある」と「面白い」は違う――シュタゲ第1話への違和感
物語全体の構造を高く評価しても、第1話を面白く感じなかった評価は変わらない。役割と面白さを分けて考える。
『STEINS;GATE』は、物語全体の構造に強く感心した作品だ。最後まで見てよかったと思っている。
ただし、第1話については、私の評価はかなり違う。
放送当時、私は実際に第1話を見て、致命的につまらないと感じ、そのまま視聴をやめた。その後、たしか第6話か第7話くらいまで放送が進んだ頃に、友人から「絶対に見た方がいい」と勧められ、見直すことになった。友人は、おそらく原作の展開を知っていたのだと思う。
再開してからは、第2話以降をわりと普通に見ていけた。序盤全体を我慢していたわけではない。私にとって、明確に面白くなかったのは第1話だった。
だからこそ、最後まで見た後の評価として「第1話がすごい」「第1話が面白い」と持ち上げられることには、違和感がある。
全体の構造は、高く評価している
シュタゲでは、仲間たちとの実験が、次第に深刻な事態につながっていく。その流れがよかった。
最初は試してみること自体が面白かったものが、やがて簡単には取り返せない問題になる。そして、登場人物との関係を知った後では、同じ出来事でも受け止め方が変わってくる。
先の展開をある程度予想できた部分もあった。それでも、最後にどう解決へ持っていくかという具体的な仕組みには感心した。
こうした全体の組み立てを評価していることと、第1話を面白く感じなかったことは、私の中では両立している。
その時点でも、見る楽しさがほしい
初めて第1話を見たとき、そこで起きていることが、私には面白さとして届かなかった。
謎があること自体が嫌なのではない。分からないことがあっても、その先を知りたいと思えれば続きを見る。ただ、私にとってシュタゲの第1話は、そうならなかった。友人に勧められなければ、続きを見ないままだったかもしれない。
私が好きなのは、最初に見たときにも面白く、後から振り返ると、さらに意味が変わるような仕掛けだ。
何気ない会話でも、その場では人物同士のやり取りとして楽しめる。そして後になって、言葉の別の意味に気づく。そういう構造なら、初見の面白さと、振り返ったときの面白さが重なる。
毎回派手な事件を起こしてほしいわけではない。答えをすぐに明かしてほしいわけでもない。ただ、答えを知らない時点でも、その場面を見る楽しさがほしい。
構造を理解しても、評価は変わらない
私には、第1話は最終的な展開に合わせて組み立てられている一方で、その回を初めて見る人に向けた面白さが弱く感じられた。これは制作意図を断定する話ではなく、視聴者としての受け止め方だ。
最後まで見れば、第1話が物語全体の中でどんな役割を担っていたのかは分かる。あの出来事が、後の展開にどうつながるのかも理解できる。
でも、構造上の役割が分かったからといって、第1話そのものが面白くなるわけではない。
私にとって、第2話以降は普通に見ていけたし、全体の構成には感心した。それでも、第1話は致命的につまらなかった。
これは、最後まで見ていないから出てくる不満ではない。最後まで見て、その構造を理解したうえでも残る評価だ。
第1話の構造上の立ち位置は分かる。それでも、第1話のつまらなさは変わらない。
この記事につながった対話
※記事制作中に、評価の対象と結論を訂正したやり取りの要約です。逐語引用ではありません。
私:問題にしている範囲を訂正した場面
明確に面白くなかったのは第1話だけ。第2話以降は、わりと普通にそのまま見ていけた。ただ、第1話は致命的につまらなかった。その第1話が、最後まで見た後だと「面白い、すごい」と持ち上げられていることに違和感がある。
AI:訂正を受けた整理
「序盤を我慢して見た」ではなく、「第1話で切ったけれど、勧められて再開したら第2話以降は普通に見られた」。違和感の中心も、最後まで見ることを要求される作品全般ではなく、後から意味が分かることで、第1話そのものの面白さまで高く評価されることですね。
私:結論も、もう一度指定した場面
第1話の構造上の立ち位置は分かるけれど、第1話のつまらなさは変わらない。そういう結論に持っていきたい。
AI:初稿との違いについて
「当時の自分の評価を書き換える必要はない」だと、思い出や感情を尊重する話になってしまう。言いたいのは、全体を理解したうえでの作品評価ですね。
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