整える前の言葉を渡す――AIに、飾らない自分を伝える
うまく整えられない言葉にも、意図や背景は残っている。人に見せる文章へ仕上げる前にAIへ話す価値を考える。
話せる相手が目の前にいるとき、わざわざ文章を書いて渡すだろうか。
正確な記録が必要なら、そうすることもある。でも、何かを相談したい、自分の考えを聞いてほしいというときには、まず口で話すことが多いと思う。
AIに対しても、同じように始めてよいのではないか。
私が音声でAIと話すことに価値を感じているのは、入力の手間が少ないからだけではない。文章として整える前の言葉には、整えた後では落ちてしまう情報もあるのではないかと思っているからだ。
子どもの話を聞く大人のように
子どもが大人に、今日あったことを一生懸命話している場面を考えてみる。
順番が前後したり、同じことを繰り返したり、途中で別の話を思い出したりする。それでも、聞く側は受け取ろうとする。
「それが嬉しかったんだね」
「こういうことがあった、ということ?」
言いたいことを整理して返し、違っていれば言い直してもらう。最初から完璧な説明ができなくても、やり取りを通して伝わっていく。
私は、人間とAIにも、こういう関係があってよいと思う。
これは能力全体の上下を決めるたとえではない。注目しているのは、話す側が説明を完成させる前に、聞く側が理解や整理を手伝えるというところだ。
AIにその力があるなら、こちらが全部整えてから渡さなくても、その力を頼ればいい。
読みやすくするために、何を落としているのか
文章を書こうとすると、私は無意識に整えようとする。
重複を削る。脇道の話を省く。曖昧な言葉を言い換える。結論をはっきりさせる。
読む人のためには大切な作業だ。でも、その過程では、元の話にあったものを選び、落としている。
何度も同じところへ戻ってしまうこと。うまく説明できないのに、どうしても引っかかること。結論には直接関係なさそうでも、つい話したくなる具体例。
完成した文章には不要でも、自分が何を気にしているかを理解するうえでは、手がかりになるかもしれない。
理屈では納得しているのに、まだ何か嫌だ。大筋では賛成だけれど、一部分が妙に気になる。そんな気持ちまで、文章の収まりをよくするために削ってはいないだろうか。
AIに自分を伝えるとき、その整理を先に済ませることが、いつもよいとは限らないと思う。
うまく説明できないところから、対話が始まる
こちらは、考えていることをまず出す。AIが整理して返す。それを聞いて、「そういうこと」「いや、そこは違う」と伝える。
「あなたが一番気にしているのは、ここですか」
そう返されて初めて、自分でも気づくことがある。逆に、違うまとめ方をされたことで、何を伝えたかったのかがはっきりすることもある。
一度で正確に説明し切る負担を、話し手だけが背負わなくてもいい。
迷っているなら、迷ったまま話す。気になる具体例があれば、ひとまず出す。そこから何が重要なのかを、一緒に確かめていけばいい。
音声で話すことは、私にとって、整理した考えを入力する手段だけではない。まだ整理できていないものを渡す手段でもある。
声で話したことが、全部届くわけではない
もちろん、話せば意図がそのまま伝わるわけではない。
言い間違いも、文字起こしの誤りもある。AIがこちらにない意味を補うこともある。
また、声そのものを扱う仕組みと、文字起こしされた言葉を扱う仕組みでは、届く情報が違う。文字だけなら、声色や抑揚まで伝わるとは限らない。
それでも、整った文章では削りがちな言い直しや繰り返し、思いついた具体例が残ることはある。
そうしたものも含めて受け止めてもらい、返ってきた解釈を自分で確かめる。重要な数字や条件、公開する文章は、その後で見直せばよいと思う。
飾らずに話す自由
私は、文章を書くことをやめたいわけではない。この記事も、読んでもらうために整理している。
ただ、AIに自分を伝える段階と、人に読んでもらう文章を仕上げる段階は、分けてよいと思っている。
最初から筋の通った説明にしなくていい。気の利いた表現を選ばなくてもいい。うまく話せない部分も含めて、まず渡してみる。
その中から意味を見つけるところを手伝ってもらえるなら、音声対話の価値は入力の速さだけでは測れない。
整っていないから、まだ話せない。そう考えなくてよいことが、私には大きい。
この記事につながった対話
※この記事は、作品の感想を残す話と音声対話の話が混ざった案から、主題を分け直して作りました。以下は、その修正指示と、そこで出てきたたとえの要約です。逐語引用ではありません。
私:記事の主題を分けるように伝えた場面
感想文という文脈と、AIに話しかけるべきという話は、分けた方がいい。会話で使うべきということは、それ一本に集中すべきだと思う。なぜそうするべきか、という話だから。
私:子どもと大人の対話を例に出した場面
子どもは、一生懸命大人に、今日あったことや今思っていることを伝えようとする。大人は、その拙い言葉遣いや表現から情報を拾い、解釈して、言いたいことをまとめて返す。「ちゃんと聞いているよ、分かっているよ」とやりながら対話する。
人間とAIも、そういう感じなんじゃないかなと思う。こちらの意図を聞いてもらって、受け止めて、解釈して返してもらう。
私:仕上げの修正指示
題名は「整える前の言葉を渡す」。文章は全体的に長いから、重複しているところを少し削った方がいい。
記事の改訂履歴
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