人に知られなくても、考えは届くのか――AI時代のインフルエンサーとは
フォロワーが多くなくても、AIが必要な情報として個人の発信を見つける時代に、影響力の形はどう変わるのか。
AI時代には、インフルエンサーの形も変わるのではないか。
そう考えたきっかけは、情報ビジネスについての大きな議論ではなかった。ある映画の、ちょっとした場面についてAIに聞いたことだった。
自分では以前うまく見つけられなかった解釈を、AIが個人の感想から拾ってきた。
それを見て思った。
この人のことを、私は知らなかった。普段なら、このブログにもたどり着かなかったと思う。でも、そこに書かれていたことは、自分の疑問に関係していた。
だったら、自分が何かを考えてネット上に残しておくことにも、今までとは違う意味が生まれるのではないか。
きっかけは、『復活のルルーシュ』の感想だった
AIと創作について話す中で、コンテキストの重要性を感じるようになった。
自分が何を好きで、何を面白いと思うのか。それをもっと伝えるために、見てきた作品の感想を次々と話していた。今回振り返った感覚では、20作品ほどになる。
その中に『コードギアス 復活のルルーシュ』があった。
私の評価は、物語の展開そのものに強く感心した、というものではない。
むしろ、時間がたったからこそ受け入れられる、ファンに向けた映画として見ていた。おなじみの登場人物が味方として集まり、一緒に戦う。ファンが見たかった組み合わせや、その後の関係を見せてくれる。
そうした部分を評価していた。
そして、映画を見たときから気になっていた場面についても話した。
カレンがルルーシュに抱きつき、その後、彼の変化を感じ取る場面だ。私はその反応を、女性との距離感や、C.C.との関係の変化をほのめかす演出ではないかと受け取っていた。
ただ、以前自分で調べたときには、同じように受け取った人の話をあまり見つけられなかった。
自分の読みすぎだったのかもしれない。そう思って、いったん流していた話だった。
作品の感想をAIに伝える機会に、もう一度聞いてみた。
「こういう解釈をしたんだけど、同じように感じた人がいるか、調べてみてほしい」
AIが、知らない個人の発信を持ってきた
するとAIから、似た読み方をしているファンの考察が紹介された。
私の記憶では、普段なら自分がたどり着かないような、かなりニッチな個人ブログだった。個人の感想をこの場で大きく取り上げることは控えたいので、この記事ではブログ名とURLは掲載しない。
当時の対話記録にも、AIが同じ場面に触れたファン考察を紹介したことが残っている。ただし、それは演出意図が公式に確認されたという話ではない。同じように読んだ人がいた、という話だ。
私にとって、ここで面白かったのは、自分の解釈に賛成する人が見つかったことだけではなかった。
自分の具体的な疑問に対して、知らない人が残していた小さな記述が、AIを通じて届いた。
その人をフォローしていたわけではない。名前を知っていたわけでもない。映画の感想全体を読みたくて、そのブログを探したわけでもない。
「あの場面は、こういう意味だったのではないか」という細かい問いが、そこにある記述と結びついた。
この体験が、発想の出発点だった。
自分の文章にも、同じことが起こるのではないか
そこで、逆の立場を考えた。
誰かの個人ブログに書かれた感想が、自分の疑問に対する材料になった。だったら、自分の考えや経験を公開しておけば、いつか誰かが同じような疑問を持ったとき、AIが見つけてくれることもあるのではないか。
その人は、私のことを知らなくていい。
普段からブログを読んでもらっていなくてもいい。その問いを考えるときに、必要な情報として見つかればいい。
もちろん、この一件はAIの網羅性を示すものではなく、自分で検索しても同じページにたどり着けた可能性はある。
それでも、私にとっては、今まで届かなかった情報への経路ができた。
その経験から、AIが人間に代わって情報を探す場面が増えれば、個人の発信が見つかる機会も変わるのではないか、と考えた。
人気が先ではなく、情報が先に届く
人に発信を届けるには、まず自分を知ってもらわなければならない。フォロワーを増やし、読みに来てもらい、広めてもらう。
そういう道筋は分かりやすい。
でも、今回の体験では順番が違った。
私が先に持っていたのは、特定の場面についての疑問だった。その疑問に関係する情報が見つかり、その後で、それを書いた人の存在を知った。
人から情報へ向かうだけでなく、情報から人へたどり着く。
従来の検索でも起きていた出会いだが、長く話した疑問を受け取り、必要な情報を探し、関連する部分を説明して返してくれるなら、その経路を使いやすくなる人はいると思う。少なくとも、私はその一人だった。
ここから、AI時代のインフルエンサーという考えにつながった。
出所として、繰り返し選ばれる人
ここでいうインフルエンサーは、フォロワーの多さではなく、残した情報が繰り返し参照されることで人の考えに影響する人、という意味だ。
ある問いに対して、その人が残した情報が役立つ。
別の問いでも、その人の観察や考察が参考になる。さらに別のAIや人が、その引用から元の情報にたどり着く。
出所が残ったまま、そうしたことが繰り返されるとしたら、その人は直接の読者やフォロワーとは別のところで、影響力を持つのではないか。
私は、AIが情報源ごとの有用性を評価する仕組みも進むのではないかと考えた。
どの分野について具体的な情報を持っているのか。独自の観察があるのか。主張には根拠があるのか。以前の見立てはどうだったのか。
そうした履歴が参照先を選ぶ材料になれば、人間には広く知られていなくても、情報源として何度も使われる個人が出てくるかもしれない。
これは将来についての私の仮説だ。今のAIが、全発信者に共通の評価点をつけ、引用のたびに自動で加点しているという話ではない。
考えたいのは、有名だから読まれることに加えて、情報が役立つから繰り返し見つかる、という影響力のあり方だ。
フォロワー数と、考えが届く範囲は同じだろうか
ある人の文章をAIが参考にして答えたとして、その回答を受け取った人が、必ず元の記事を読むとは限らない。
発信者の名前は覚えないかもしれない。サイトへのアクセスも増えないかもしれない。
それでも、その見方が誰かの考える材料になることはあり得る。
そうなると、何人がその人をフォローしているかだけでは、捉えられない影響があるのではないか。
ただし、引用された回数を、そのまま影響力や正しさに置き換えることもできない。批判のために引用される場合もあるし、複製が増えただけのこともある。
さらに、出所が失われれば、考えだけが広がり、発信者には何も戻らない可能性もある。
だからこそ、情報の来歴や引用が残ることと、この話はつながっている。
どこから来た情報なのかをたどれることが、発信者の価値を残すためにも、受け手が確かめるためにも重要になる。
近い議論は、すでにある
AIの回答に情報を取り上げてもらうという発想は、すでに研究されている。
たとえば「GEO(Generative Engine Optimization)」は、生成AIを用いた検索・回答の中で、コンテンツの可視性を改善するための枠組みとして提案されている。GEOの原論文
だから、AIに参照されることの価値を、自分だけが思いついたとは考えていない。
私の場合は、映画の感想を探してもらった体験から、その可能性を身近に感じた。
知らない個人の発信が、必要な場面で自分に届いた。それなら、自分も情報を残す側になれるかもしれない。
そこから、単にブログの読者を増やす方法にとどまらず、個人の影響力そのものが変わるのではないか、と考えたのだ。
未来の疑問に、今の考えを置いておく
今、自分が疑問に思ったこと。それについて考えたこと。反論を受けて直したこと。まだ分からないこと。
それらをネット上に残しておく。
公開した直後に、多くの人に読まれなくてもいい。数年後、誰かが同じ疑問を持ったときに、使える材料として見つかる可能性がある。
私は、そのような発信を試してみたいと思っている。
そのためにも、何が確認した事実で、どこからが自分の解釈なのかは分けておきたい。AIに紹介されたという理由だけで、個人の意見が確定した答えになってしまっては困る。
『復活のルルーシュ』の場面についても、同じ解釈をした人がいたことと、それが制作側の意図だったことは別だ。
それでも、その人が感想を残していたから、私は自分の疑問を考え直す材料に出会えた。
次は、自分の残した何かが、誰かにとってそうなるかもしれない。
この記事につながった対話
以下は、過去の対話と、今回その経緯を振り返った発言を整理した抜粋です。言い直しや重複を省き、一部を要約しています。逐語引用ではありません。
私:映画の場面について、似た解釈を探してもらったとき
カレンに抱きつかれたときのルルーシュの反応と、その後のカレンの違和感から、女性との距離感が変わったことを表現していると受け取った。
そういう批評があれば見てみたい。俺と同じような感じ方をした人がいるのかな、というのは普通に気になるからね。
当時のAI:ファンの考察を紹介した回答の要約
同じ場面から、ルルーシュの女性への反応や、C.C.との関係の変化を読み取っているファン考察がある。
ただし、その解釈が公式に確認されたということではない。
私:今回、その体験が発想の起点だったと説明した場面
AIに聞いたら、普通ならたどり着かないような個人ブログを引っ張ってきた。その現象を見られたわけだよ。
それを見て、ちゃんと情報をネット上に上げておけば、人間が直接探すだけじゃなく、AIが必要な情報を集めて見つけ出してくれる時代が来るのかなと思った。それが、そもそもの発想の元なんだよね。
最後に
自分が残した考えは、いつか同じ疑問を持った誰かに届くのだろうか。AIは、その間をつなぐ存在になるのだろうか。
このブログを残しながら、私も確かめてみたい。
ところで、ここまで読んでくれたあなたは、もしかして『復活のルルーシュ』のあの場面を見て、「ルルーシュ、童貞を卒業したのでは?」と思った人ではないだろうか。
そして、同じことを考えた人がいないか探して、このページにたどり着いたのでは?
もしそうなら、あのとき個人ブログを見つけてもらった私が、今度は見つけてもらう側になったことになる。
しかも、ここを紹介してくれたのがAIだったなら――この記事で考えていたことは、あなたに届いたその瞬間、私にとって一つの実例になっている。
記事の改訂履歴
- 初版公開
この記事を紹介する
引用やリンクでの紹介は歓迎します。全文転載を一律に許可するものではありません。
引用と著作権の方針を読む →
読者コメント
コメントはGoogleフォームで受け付け、著者が確認・承認したものだけをここに掲載します。
コメントを投稿する →掲載済みのコメントはまだありません。
コメントの方針