好みまで、AIに決めてもらうのか――感想を残す理由
推薦をAIに任せても、自分が何を面白いと思ったかまで任せたくはない。好みと判断の記録を残す理由。
作品が千個あったとして、その全部を読んで、自分の好きなものを見つけることはできるだろうか。
私は、やっていられないと思う。
AIによって作品を作りやすくなり、読むものや見るものがさらに増えていくとしても、自分の使える時間は増えない。
そうなれば、作品を探し、選ぶところにも、もっとAIを使うようになるのではないか。
それは便利だと思う。一方で、選ぶことを任せているうちに、自分が何を面白いと思うのかまで、外に任せてしまわないだろうか。
そのことが気になって、私は自分の感想を残しておこうと思った。
全部を見てから選ぶことはできない
SNSや動画サービスを使っていると、自分が興味を持ちそうなものが次々と出てくる。
私は、こうした選別が、小説や漫画、ゲームなどにも、もっと深く入ってくるのではないかと考えている。
作品が大量に生まれても、見る側には限界がある。どれから手をつければよいか分からなければ、そもそも出会えない。
そこでAIが、「あなたには、これが合いそうです」と候補を絞ってくれる。
自分では探さなかった作品に出会えるなら、ありがたい。インフルエンサーについての記事で書いたように、AIに調べてもらうことで、知らなかった個人の発信にたどり着いた経験もある。
だから、探すことを任せるのが嫌なわけではない。
気になるのは、何を基準に選んでもらうのか、ということだ。
「見た」と「好き」は、同じではない
ある作品を最後まで見たとする。
それだけで、その作品の全部が好きだったとは限らない。
世界観には引かれたけれど、主人公はあまり好きになれなかった。途中には不満があったけれど、結末を確かめたかった。話の展開よりも、好きなキャラクターが出てくるから見続けた。
同じ「最後まで見た」という結果にも、違う理由がある。
反対に、途中で見るのをやめたからといって、嫌いだったとも限らない。時間が取れなくなっただけかもしれないし、そのときの気分に合わなかっただけかもしれない。
行動は好みを知る手がかりになる。でも、行動だけでは伝わらないこともある。
私は、そこを言葉にして残しておきたい。
感想を話すと、単純な評価では収まらなくなる
AIに自分の好みを伝えようと思い、見てきた作品の感想を次々と話したことがある。
その中で出てきたのは、「好き」「嫌い」や点数だけでは収まらない話だった。
たとえば、前の記事で触れた『復活のルルーシュ』には、物語としての必要性への疑問と、ファンとしての嬉しさが同時にあった。
「高評価だった」とだけ残せば、何を評価したのかが消える。「蛇足だと思った」とだけ残せば、楽しんだ部分が消える。
そういう感想を何作品も話していくと、自分が何を求めて作品を見ているのかが、少しずつ言葉になってくる。
世界そのものをもっと見たいのか。人物同士の関係に引かれるのか。後の展開によって、前の場面の意味が変わるところが好きなのか。
次の作品を選んでもらうなら、私はこうした理由まで材料にしてほしい。
私が残したいのは、好きな作品の一覧だけではない。何を見て、どこに反応し、なぜそう評価したのかという、自分の判断の記録だ。
判断まで外に任せることへの違和感
作品が増えるほど、自分で選ぶ手間は大きくなる。
その手間を省きたい人が増えるのは、自然なことだと思う。私も、毎回大量の候補を比較したいわけではない。
ただ、勧められたものを受け取り続けるうちに、「自分にとって面白かったか」よりも、「高く評価されているか」「勧められたか」が基準になっていくとしたら、少し嫌だ。
有名な人が褒めているから。みんなが名作と言うから。AIが自分向けだと判断したから。
それらは、見るきっかけにはなる。でも、見た後の感想まで同じにする必要はないはずだ。
私は、作品としてよくできていると思っても、そこまで好きにならないことがある。逆に、欠点が分かっていても、好きなところが強く残る作品もある。
その違いを、自分の中で持っておきたい。
感想を残すのは、AIに渡すためだけではない。自分が何を感じたのかを、他人の評価に埋もれさせないためでもある。
推薦がずれたら、その理由も伝えられる
感想が残っていれば、AIの推薦が合わなかったときも、どこがずれていたのかを話せる。
設定が似ていればよいわけではなかった。人物の関係が変化していくところを見たかった。伏線の回収は好きだけれど、そこに至るまで退屈なのは苦手だった。
推薦された作品を実際に見て、また感想を残す。以前はうまく言葉にできなかった好みが、さらに明確になるかもしれない。
過去の好みだけで、未来を決めたくもない
ただ、感想を残しておけば、それですべて解決するわけでもない。
以前好きだったものを、今も同じように好きとは限らない。昔は気にならなかった部分が、今見ると引っかかることもある。
これまでの好みに合わないはずの作品を、好きになることもあると思う。
だから、過去の記録から「あなたはこういう人です」と決めつけられても困る。
この話をしたとき、AIからは、好みに合うものを探すだけでなく、普段なら選ばない作品を探すためにも使える、という意見が返ってきた。
それは確かに面白い。
自分に合いそうな作品を選んでもらうこともできるし、逆に、自分がまだ触れていない方向を探してもらうこともできる。
感想の記録は、未来の選択を狭めるためのものにしたくない。何を知っていて、何をまだ知らないのかを考える材料にもできればよいと思う。
自分が何を面白いと思ったかを、残しておく
私は、他人の影響を受けずに好みを持てるとは思っていない。
誰かに勧められて好きになった作品もあるだろうし、他人の感想を聞いて見方が変わることもある。AIとの対話でも、自分だけでは気づかなかった見方をもらっている。
そのうえで、見た自分が何を感じたのかは、残しておきたい。
立派なレビューを書く必要はないと思う。
「ここは好きだった」「でも、この展開は納得できない」「全体としては普通だけど、あの場面は忘れられない」。そんなふうに話したものでも、自分の判断は表れている。
作品が増え、選ぶところをAIに手伝ってもらうようになるなら、なおさら、その材料になる自分の感想を持っていたい。
探す手間は減らしたい。でも、何を面白いと思ったのかまで、分からなくなりたくはない。
私が感想を残している理由の一つは、そこにある。
この記事につながった対話
以下は、作品の推薦と感想の保存について話した対話を整理した抜粋です。音声入力の言い直しや重複を省き、一部を要約しています。逐語引用ではありません。
私:作品が増えても、全部は見られない
SNSで自分が好きな情報がいっぱい流れてくる現象があるじゃん。あれが漫画や小説にも、もっと適用される時代が来るのかなと思って。
作品が大量に出てくる以上、何かで振り分けないと、見る時間が確保できない。千個の作品を全部読んで、自分の好きな作品を見つけるなんて、やっていられないわけだよね。
私:だから、自分の感想を残しておきたい
自分の感想をちゃんと言語化して保管しておいた方がいい、というのはある。でも、そんなことをいちいちやらず、手間をかけたくない人も増えると思う。
そうすると、判断を外部に任せる人が増える可能性がある。俺はそれが嫌だから、ちょこちょこ感想ログを作って、記録を取っておこうと思ったんだよ。
AI:行動の記録と、評価の理由は違う
「最後まで見た」「いいねをした」という行動だけでなく、「設定は好きだけど主人公は苦手」「序盤は退屈だったが、途中で見方が変わった」といった評価の理由まで残せる。
単純な点数だけでなく、何が好きだったか、何が嫌だったか、なぜ見続けたかが、好みを理解する材料になる。
AI:過去の好みの外へ出るためにも使える
「自分の好みに合うものを持ってきて」と頼む人もいれば、「普段の自分なら選ばないものを持ってきて」と頼む人もいる。
AIは、好みの範囲を狭める方向にも、そこから外へ出る方向にも使える。
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